清水寺の歴史 簡単まとめ

なごやっくす(Twitter@omairi_dash)です。
京都清水寺にお参りして、ステキな時間を過ごしてきました。

このページに、清水寺の歴史について簡単にまとめておきます。

  • 清水寺はいつから始まったの?
  • お寺を建てた人物はだれ?
  • わかりやすい年表があると助かる!

といった場合などに、参考にしていただければと!

清水寺の開創【はじまり】

清水寺(京都市東山区)音羽の滝
音羽の滝

清水寺の開創かいそうは宝亀9年(778年)。
奈良の修業僧・賢心(けんしん)の夢に白衣の老翁が現れ、「北へ清泉を求めて行け」とお告げをしたのが、お寺の始まりとされています。

>>[参考]歴史|音羽山 清水寺

賢心がお告げのとおり北へ向かうと、音羽の滝のほとりに草庵を結んで修行をする老仙人・行叡居士(ぎょうえいこじ)に出会いました。

行叡居士は賢心に霊木を渡し、「この木で千手観音像を彫って、この観音霊地を守ってくれ」と言い残して姿を消したんだとか。

賢心は、行叡居士の願いを受けて、滝のほとりの草庵と観音霊地を守り続けたそうですよ。

ぼく(なごやっくす)ぼく(なごやっくす)

清水寺の見所の1つ「音羽の滝」は、お寺が始まる前からあったということですね!

坂上田村麻呂による建立

坂上田村麻呂(菊池容斎『前賢故実』)
坂上田村麻呂(菊池容斎『前賢故実』)

その2年後、鹿狩りに音羽山までやって来た武人・坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が、音羽の滝で賢心と出会います。

賢心が観音霊地での殺生を戒め、観音さまの功徳を説くと、坂上田村麻呂はその教えに深く感銘を受けました。

延暦17年(798年)、坂上田村麻呂は十一面千手観音を本尊として寺院を建立し、音羽の滝の清らかさに因んで「清水寺」と名付けたそうです。

ぼく(なごやっくす)ぼく(なごやっくす)

この章の「延暦17年(798年・平安時代初期)に、坂上田村麻呂が清水寺を建てた」という部分が、一般的に「清水寺のできた年代・建てた人物」とされています!

徳川家光による本堂再建

清水寺(京都市東山区)本堂(清水の舞台)
本堂(清水の舞台)

清水寺は創建以来、10度を越える大火災に遭い、そのたびに堂塔を焼失・再建してきました。

今の本堂や舞台は、寛永10年(1633年)に江戸幕府3代将軍・徳川家光(とくがわいえみつ)によって再建されたものです。

ぼく(なごやっくす)ぼく(なごやっくす)

「清水の舞台」の高さは、4階建てのビルに相当する約13メートル。懸造り(かけづくり)という伝統工法でつくられており、釘は1本も使用していないんだとか。スゴい!

ユネスコ世界遺産に登録

清水寺(京都市東山区)仁王門
仁王門

平成6年(1994年)には、清水寺が「古都京都の文化財」の1つとして、ユネスコ世界文化遺産に登録されました。

また、清水寺本堂は国宝に。
仁王門や三重塔など15の堂塔は、国の重要文化財に指定されています。

ぼく(なごやっくす)ぼく(なごやっくす)

世界遺産「古都京都の文化財」に登録されている文化財は、清水寺のほかに東寺、平等院、金閣寺、銀閣寺、二条城などです!

>>世界文化遺産 古都京都の文化財一覧|京都府

まとめ【清水寺の歴史年表】

最後までお読みいただきありがとうございます。
まとめとして、清水寺の歴史年表をのせますね。

時代出来事
778年(宝亀9年)清水寺の開創
798年(延暦17年)坂上田村麻呂により寺院建立
1000年頃(平安中期)参詣・参籠が盛んになる
(枕草子や源氏物語などに記される)
1633年(寛永10年)徳川家光が本堂などを再建
1897年(明治30年)本堂が国宝に指定される
1965年(昭和40年)北法相宗きたほっそうしゅうの本山として独立
(もとの宗派は法相宗)
1994年(平成6年)ユネスコ世界文化遺産に登録(古都京都の文化財)

※既出のリンク、書籍・古寺巡礼京都26 清水寺(森清範・田辺聖子,2008,淡交社)をもとに作成

ぼく(なごやっくす)ぼく(なごやっくす)

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