なごやっくす(Twitter@omairi_dash)です。
須佐之男社(中村区太閤3)にお参りしました。
椿神明社、牧野神明社、稲穂社、厳島神社とともに、牧野五社の一つに数えられる神社です。
かっぱ像と本殿(写真奥)
神社に近づくと、本殿裏に「かっぱ像」が建っていました。
現地の説明書きによると、昔、笈瀬川(今の笈瀬本通り)に「子供好きのかっぱ」が棲んでいたという伝承があるそうです。
このページには、須佐之男社の歴史や、アクセス・駐車場情報についてまとめておきますね。
名古屋四季劇場のそばに鎮座する、須佐之男神社(名駅南2)から歩いての参拝です!
須佐之男社(太閤3)の歴史
境内全景(右が入口)
- 御祭神:建速須佐之男命、火之迦具土神
- 社格など:十五等級、旧無格社
- 例祭日:10月16日
※愛知縣神社名鑑(愛知県神社庁,1992)をもとに作成
愛知縣神社名鑑を参考にすると、神社創建の発端になったのは、承応2年(1653年)の疫病流行と、万治3年(1660年)の「万治の大火」と呼ばれる名古屋城下での大火災。
これらの災害を機に、尾張藩第2代藩主・徳川光友が「天王・秋葉信仰」を奨励したことにより、神社が創建されたようです。
社殿。「迦具土社」「須佐之男社」の社号標が両脇に建っています
なお、愛知縣神社名鑑に「維新後二社地あったが…」との記載があることから、明治維新の頃までは、スサノオとカグツチは別々に祀られていた模様。
さらに「無謀な開発により境内狭小」とあることから、名古屋の都市開発が進む段階で、両神が合祀されたと考えられます(ほかには「明治6年据置公許」の記載がありました)。
「万治の大火」では、城下町の道幅が狭かったこともあり(2~3間)、多くの家屋が類焼しました。これを受けて、延焼を防ぐために建設された道幅15間の広い道路が、
現在の「広小路通」です(参考:第3回広小路[江戸時代]|Network2010)
須佐之男社へのアクセス【地図】
- 住所:愛知県名古屋市中村区太閤3-6-10
- アクセス:名古屋駅から徒歩9分
(エスカ地下街E4出口から徒歩6分)
最寄り駅の1つ・名古屋駅からの徒歩ルートを、上の地図に示しました。
信号交差点「笈瀬通」にも、かっぱ像が建っていましたよ。
笈瀬通交差点のかっぱ像
須佐之男社の駐車場は?
神社の周辺3か所にコインパーキングがありました。
すべて名鉄協商パーキング。駐車料金は20分100円程度です。
上の写真は、交差点の斜向かいから神社を撮った1枚です。
御神木(写真右)の右下あたりに、コインパーキングの「空」の表示が見えています。
ちなみに、僕がお参りした時点では、地図真ん中の「名鉄協商P太閤第3」が20分100円と一番お得でした。北「名鉄協商P太閤第12」は30分200円。南「名鉄協商P太閤3丁目(写真の駐車場)」は40分200円です
まとめ【参拝時間】
最後までお読みいただきありがとうございます。
このページの要点をまとめました。
- 須佐之男社は、牧野五社の一つに数えられる神社
- 江戸時代初期の、名古屋での疫病流行と「万治の大火」が、神社創建のキッカケか
- アクセスに便利な鉄道駅は「名古屋駅・太閤通駅・米野駅」
なお、僕の境内散策にかかった時間(参拝所要時間)は5分強でした。
観光・お出かけの計画を立てる際の参考にしていただければと思います。
八事御嶽神社(天白区御幸山)
さて、日を改めて、須佐之男社の次にお参りしたのは、天白区の八事御嶽神社。
明治大正両天皇が、陸軍(特別)大演習を統監した、御幸山に鎮座する神社です。
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八事御嶽神社(名古屋市天白区)にお参りしたので、神社の歴史や頂いた御朱印、アクセス・駐車場情報についてまとめました。明治大正両天皇が陸軍(特別)大演習を統監した御幸山に鎮座する神社です。
須佐之男社周辺の神社仏閣
- >>須佐之男神社[名駅南](徒歩13分・劇団四季の「名古屋四季劇場」そばに鎮座)
- >>素盞男神社(徒歩23分・中村日赤近く。このあたりでは珍しい「酉の市」で有名)
- >>延命院(車で9分・名古屋21大師第4番。「猪武者」福島正則の祈願所)
- >>岩塚七所社(車で12分・尾張三大奇祭の1つ「きねこさ祭り」で知られる)
名古屋市の神社仏閣一覧
名古屋市の神社仏閣をエリア別に紹介しています。神社仏閣巡りや観光旅行・お出かけの参考になれば幸いです。