なごやっくす(Twitter@omairi_dash)です。
中村日赤(日本赤十字社愛知医療センター名古屋第一病院)の敷地内にある、弁財天にお参りしました。
近くの素盞男神社について調べているときに、こちらの存在を知ったんです。
弁財天
ご覧のとおり、美しく整備された庭園内に、弁財天のお堂が建っていました。
このページには、弁財天の場所や歴史についてまとめておきますね。
弁財天といえば、金運や芸能の神様としておなじみですが、邪気や病苦を排除してくれる信仰もあるそうです!
弁財天の場所【地図】
弁財天のお堂があるのは、救急車専用出入口の東側です。
中村日赤駅の2番出口からは、病院の垣根をぐるりと回りこむようにして向かいます。
なお、一般車両の出入口は南側にあります。中村日赤の駐車場は534台収容。お見舞いなどで利用する場合、30分未満の駐車料金は無料です
弁財天の歴史【遊里ヶ池】
池もオシャレです
中村日赤ができる前、この地には「遊里ヶ池」という大きな池がありました。
のちに日本最大級の遊廓となる「中村遊郭」の土地を作るため、ココの土砂を取ったことで現れた池です。
この遊里ヶ池の中央にあった島に、大正14年(1925年)、「中村弁天寺」が建立されたのが弁財天のルーツ。
弁天さまは、琵琶湖の竹生島からお迎えしたそうです(今の宝厳寺・都久夫須麻神社)。
お堂(平成21年ごろの中村日赤全面改築に伴い新築)
なお、現地の説明碑によると、弁財天を迎えた背景には、中村遊郭で亡くなった遊女を供養する目的もあったんだとか。
その一方で、池のまわりはボートや釣りを楽しむ人でにぎわい、花火大会も開催されていたそうです(参考:書籍「中村区の歴史」)。
昭和12年(1937年)の病院開院後も、お寺は土地の一角に残りましたが、同32年ごろの病院拡張に伴って藤江町へ移転。
今の弁天さまは、「中村弁天寺の弁財天の分身」を新たに迎えるカタチで祀られているということです。
旧本館玄関
昭和12年(1937年)の病院開院以来の旧本館・初代玄関の一部をそのまま残したモニュメント。歴史的価値の高い建造物です。
フローレンス・ナイチンゲール像
病院の第2代看護部長・立松朠子氏が、昭和60年(1985年)に「フローレンス・ナイチンゲール記章」を受賞。その栄誉を称えるために建立されました。
※文章は現地説明板をもとに作成
まとめ
最後までお読みいただきありがとうございます。
このページの要点をまとめました。
- 弁財天のお堂があるのは、中村日赤の救急車専用出入口の東側
- かつてこの地にあった「遊里ヶ池」に、竹生島から弁財天をお迎えしたのがルーツ
- 今の弁財天は「中村弁天寺」の弁天様の分身
小さな庭園ですので、お参りだけなら数分あれば事足ります。
中村日赤を訪れた際には、立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
弁財天(中村日赤)周辺の神社仏閣
- >>素盞男神社(徒歩5分・このあたりでは珍しい「酉の市」で知られる神社)
- >>岩塚七所社(車で10分・尾張三大奇祭の1つ「きねこさ祭り」で有名です)
- >>須佐之男神社(車で11分・劇団四季の「名古屋四季劇場」そばに鎮座)
- >>延命院(車で13分・名古屋21大師第4番。「猪武者」福島正則の祈願所)
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